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  • 2008/09/12/Fri 15:45:31
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七年目

こちらNY、今年も9月11日が過ぎ去りました。
七年目ですね、同時多発テロから。
ここ数日NYCに入り浸ってた私ですが、今日は行く気にはなりませんでした。



イラクやアフガニスタンが今どういう状況にあるのかなんて普段は一切気にしないのに
毎年この時期だけ思い出したように「私達はこの日を忘れない」といきまいて、国旗掲げてる人々を見ると、どうしてもちょっと釈然としないものを感じてしまうところはある私です。
遺族・関係者の方をのぞいて考えた場合、
何を忘れないのか、そこをぼやかしたまま、悪い風に言えばイベント化してしまっているような印象を受けて。静かな陶酔状態にも似た雰囲気が、若干怖くなることもある。
沢山の罪無き人が死んだことを忘れないのか。名前も知らないけど、正当化され得ない暴力の犠牲になってしまった人たちの。それは確かに大事なこと。
でもじゃぁイラクやアフガニスタンで毎日のように死んでいった民間人のことはどうか。「あの日は○○で誤爆があって何人亡くなったんだ、その理不尽さを憎み、一刻も早い平和を願う」っていう日は、あるのかしら。
大量の、理不尽な死を忘れない、そういう日でないはず。
9・11の死を忘れないのは、自分の国で起こったからか。
当事者意識って、境界はどこにあるんでしょう。
忘れない記憶は、どういった気持ちと行動に結びつくのか。
United we standって文字、今日もそこかしこで見たんですが、立ち向かうのは誰に対してか、立ち向かうって何をすることなのか。今一体何がおこっているのか。
この国が忘れないことは、世界の机の上にずっと乗り続け、他者に大きく影響をあたえると思うから・・・・だからこそ、911を語る人々の言葉や姿には、どうしても敏感になってしまう。そういう意味では、日本人なりに当時アメリカにいた恐怖感っていうのが影響してるんだとは思います。



まぁそういったことを11日の朝になるまでは漠然と感じます。
遺族でもなく、アメリカ人でもないからそんなこといえるんじゃといわれれば、その通りだと思います。
冷たい人間ととられても仕方ないとは思うし、自分でもなんとまぁ可愛げのない思考だよと言いたくなるけど
あまりこういう日に、自分の気持ちを飾り立てたくはない。

朝から何度もニュースで、WTCビルが倒壊するあの映像を目にする度に鳥肌がたつのは本当だし、遺族の知り合いのことを思うと、本当に、心臓がきしむ。
忘れない、そのことが重要だとすれば、
屋根の下で、大切な人に今日もおやすみと言って寝られること、明日の予定を考えながら、また明日おはようと言って歩き出せること、
その重みが意識のトップにくる一日ではある。



でもそれは、世界や自分の大切なものとどう関わって生きてくのかなーと日々考える中で、やっぱり考えることで。
私の場合、国旗に高らかに歌い上げるような感情ではないし、誰かと話すようなものでもない。
この日に特別に思い出すことでもなければ、「忘れない「と言うほど忘れたことも、実際にない。


支離滅裂加減が半端なくなってきたのでそろそろやめようか


とにかく
時間が進むのは不可避で、それとともに出来事が歴史になっていくのも、また不可避で。
忘れないことって実は結構難しいんじゃないかと思うからこそ
何を忘れないのか、大事にするべきだろうなぁと。黙祷しながら思いました。


NYは今日も快晴です。
晴れてくれてよかったと、思います。本当にね。
空は一つだから、ね。
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